• ヘアスタイル

【連載】私の毒を吸うとくれ vol.5/石原かおり

美容室にまつわるあれやこれ。40代♀がお客目線で本音を暴露。

illustration_Tomomi Kazumoto

痒い所はそこじゃない。

 コンサルとして、昨年いちばん多く取り組んだ仕事の中に若手スタイリストさんの育成があった。40代以上の大人の女性の満足度を上げることや、カウンセリング力の強化など。
 当たり前だが、お客さまが来店しなくなるにはそれなりの理由がある。そのそれなりの理由の中には、「なんとなく」という理由も多かったりする。別に悪くはないけど、また予約するモチベーションがない。そんな「なんとなく」から「ここでなければ」と思えるようになることの中にこそ、欠かせない要素がある。

 「さすが! 分かってくれとるわー」という心地よさ。そして、「どう変身できるんじゃろうか!」というワクワク感。
 なので、わがまま熟女は、自分が「あまり変えたくない」と言ったにもかかわらず、美容室に行けばめきめき若返り、芸能人の誰だかさん風に少し近づきやしないか。はたまた、いまだかつてないほどの美女化を果たすのではないかと、淡くも強めの希望を抱く。
 サロンから帰り、家で360度チェックを行なう。 「あ、やっぱり私ってこの程度か。まあ、この顔だし。だよねー」なんて鏡を見て思う。
「まぁ私も年取ったってことか」なんて納得する。
 ワクワクしなくなって、美容室に行く理由が美意識や向上心や期待ではなくなり、身だしなみを整えるタイミングになる人と、毎回振り出しに戻って期待を胸に美容室の予約を入れる人に分かれるように思う。

 うちの母親なんて、以前は美容室に行きまくっていたのに、今やカラーは家でパオ◯。白いところが染まればいいのだ。そんな母は美意識が低いように思えるが、美と健康には貪欲である。毎朝のスクワット、蒸気ポットが沸くたびにその蒸気に顔をあてて、スクワットをしながら変顔トレーニング。美肌パックやら自己流マッサージやらその種類の多さもさることながら、その継続力が高い。美容と健康に関しての投資を惜しまないタイプ。
 でもパオ◯なのである。ひと箱数百円で何度も染められる魔法の粉を、私が離乳食を食べていたときの容器に入れ、歯ブラシで頭皮からガンガンに塗り、そういう髪型だったような錯覚を起こすくらい長い時間放置する。 そのせいか、元々軟毛の母がいちばん気にしているボリュームはさらになくなり、毛はなぜか上に向かわず横に向かって生えてきている。毛根も主のすることに進路を迷っているのかもしれない。

 人は目に入ったり聞いたりする情報で、相手の性格やタイプを既知のタイプとすり合わせ、自分の中でのタイプ決めをしてコミュニケーションをとっているように思う。例えば、ブランド物をたくさん持っている人を見たとき。“お金持ち”とか“見栄っ張り”とか“ファッションにこだわりがある”とか“品質にこだわる人”とか、1つ目に入る情報でも人によって捉え方はさまざま。ということは、その人の本当の姿は当人以外には分からないのではないか。

 話は戻って我が母のその後の白髪染め問題については、彼女がどうしてパオ◯なのか尋ねてみた。時間がかかる、家で染めても仕上がりは一緒、なので美容室で染めるのはもったいないと感じるらしい。その割に、店販品やらはよく買っている。まぁ長年見ていてケチなタイプではない。
 どういうものを買っているか見ると、ボリュームが出る系のシャンプーと、なぜかいちばんストックが多いのはハードスプレー。とにかくボリュームが欲しいので人工的につくるという彼女なりの作戦のようだが、なにせ毛が横に生えている超軟毛なのと、たくさんかければ効果が高いだろうというような昭和な発想の下に、ハードスプレーをかけすぎた彼女の髪はまるで唾液がついた綿菓子のような仕上がり。
 おばはんは今まで生きてきたのが長い分、さまざまな経験を通じて思い込みが真実になってしまっていることもあるように思う。

 この手のおばはんは自分のなりたい姿に近づけたとき、それを実現してくれた人を激しくリスペクトする。そして人に言う。自分の苦労からのサクセスストーリーを。それがいわゆるクチコミだ。可もなく不可もない場合、おばはんコミュニティーの話題にはならない。何かそこでないと、その人でないといけないものがない限り。そこで特別な体験をしていない限り。

 問題解決していないにもかかわらず、母が通っている美容室の女性スタイリストはまみちゃんだったかえみちゃんだったか、たまに話題に出る彼女のことが、どうやら母は好きなんだと思う。いつも明るくてお人柄が良いらしい。髪のボリュームが出ないだの、パーマのかかりが悪いだの自分の超オレ流白髪染め技術を棚に上げ、いろんな要望をぶつけているのだろう。彼女に会ったことはないが、おそらく人によって態度を変えないだけでなく、とても強い人のように思える。

「流したりないところはありませんか?」。お客側が見えない部分のすすぎは、流し足りなくないように流していただきたいし、流し足りないかどうかより、あなたからは見えない耳の穴の泡を気にしてほしい。泡が入ったままタオルで指を突っ込まれた時に聞こえる「ワシャッ」という音と、泡が流されずに肌に残る不快感はゾワっとする。

 その人の真意は何なのか? 何のためにそれをするのか? 何のための言葉がけなのか? 物事の本質は何なのか? 痒い所はそこじゃないのに掻き続けられる不快なことをせんように。自戒の念を込めて。

※本記事は、『美容の経営プラン』2018年4月号にて掲載した記事を転載したものです。

【過去記事一覧】 私の毒を吸うとくれ vol.1/別件とはなんぞ? 私の毒を吸うとくれ vol.2/実録 おばはんを虜にするたったひとつの方法 私の毒を吸うとくれ vol.3/会議に咲き乱れる「言わぬが花」 私の毒を吸うとくれ vol.4/そのポジションは損なのか? 得なのか?

2018.05.09
石原かおり
石原かおり

いしはら・かおり/(株)ハッピーリレイションズ代表。(株)リクルートにて美容室への提案営業を行ない、新規開拓のほか、毎月100サロン以上を担当。情報誌編集長兼ゼネラルマネージャー等を経て、2010年に独立。広島県を拠点に、美容室に特化したオーダーメイド型コンサルとして、各サロンの実情に応じた総合的かつ根本的な改革をフォローする。

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